コラム

日本よ

毎月の第一月曜日に産経新聞に連載していた私のコラム『日本よ』が突然訳のわからぬ理由で馘になったので、昨今の祖国日本について憂こと多々なのでこのブログで皆さんに訴えることにしました。

 今一番問題になっている自衛隊のイラク派遣に関する日報の問題だが、これには実は古く深い根があります。それは国軍たる自衛隊には彼等の為の交戦規定がないのです。つまりいついかなる場合ならば武器を取って相手を打ち倒していいのかの規定がいまだに存在しない。

かつてスエズ運河を抜けてインド洋に抜ける出口のソマリアの海賊が暴れて世界が手をやいていた時要請を受けて日本の海上自衛隊が出動した時、これを憲法違反とした野党のある女性議員が地元の支持者を焚き付けその監視に送り出した。現地で船を雇って監視に乗り出したら雇った船そのものが危険で現地の自衛隊に自分達を守ってくれと泣きついてきたという茶番があった。その時手を焼いた自衛隊が本省にどんな判断をすべきか問い質したら、なんと返事は警察法にのっとって禁固三十日に該当するような行為に関しては戦えということだったそうな。一体どこの国の軍隊が交戦規定も持たずに現場に出かけることがあるだろうか。

 確たる交戦規定が存在しない国の軍隊なぞ有り得ぬ話でこれを不服としたある自衛隊のトップが是非規定を作って欲しいと広言したら、時の防衛長官の金丸信が怒って文民統制違反だとしてその男を罷免してしまったものだった。

 その後この国に政治家の自覚によって確たる交戦規定が出来たかどうかはわからない。在るならとっくに公表されるべきだろうに。

 そうした曖昧な状況の中で実はイラクや、スーダンにも自衛隊は派遣されていったのだ。特にイラクの場合は独裁者フセインを倒す為の連合軍と政府軍の戦闘最中で、破壊された道路などの整備のためとして借り出された日本の自衛隊は政府軍から見れば当然敵であって、自衛隊のキャンプにも次々に迫撃砲が撃ち込まれていた。そんな相手を迎え撃ち日本の自衛隊を守るのはどこか外国の軍隊ということで、自衛隊員はあくまで他人任せで後は身を凝らし布団を被ってひたすら祈って眠るしかなかった。その結果派遣されて行った隊員の中から数十人の退役者が出たという。彼等にすればこんな軍隊なんてあるものか、もうやってられないと言う事だったろう。

 と言う状況にさらされていたイラクへ派遣された自衛隊の日報に何が克明に記されていたかは想像に余るが、それがようやく白日の元にさらされるならば、あの過酷な状況の下で同胞の隊員達が交戦規定も作られずに彼等を場合によっては死地ともなるやもしれぬ所へ送り出していたということをこそ政治家達は自戒すべきではないのだろうか。

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