石原慎太郎の理念・思想

金融経済論

東アジア経済とその危機

一般の人にはあまり知られていないが、ADB(アジア開発銀行)にはすでに日本のイニシアチブで活用することが可能な「日本基金」というものがあります

一般の人にはあまり知られていないが、ADB(アジア開発銀行)にはすでに日本のイニシアチブで活用することが可能な「日本基金」というものがあります。

ロンドンであったサミットの時に当時の橋本首相が「日本基金を使う」という話をちらっと漏らした。イギリスのブレア首相が金もないのに格好だけつけてASEAN欧州会議(ASEM)で新たなファンドとしてASEM基金を設立したいと提案し、それをアジア危機に使ってもいいと言い出した折に、日本の大蔵省が知恵を出して、「われわれにも基金があるのですよ」と教えたのが日本基金でした。

このジャパンファンドというのはかなり名誉のあるファンドで、ADB(アジア開発銀行)の二十周年記念にあたる一九八七年の大阪総会の折りに日本政府が単独で創りあげた基金です。これがすでにある。

ところが大蔵省の国際金融局がそれを押さえつけて勝手に動かせないようにしている。ただ政治家が何かで相談に来たらそれをちょっと見せびらかして、「これを少し使ったらいかがですか」と小出しに出す。だから今もって日本人の多くの人には何だかよくわからない仕組みになっている。

つまりそんなものがあるのだということを、政治家も知らないし、知らされてもいない。すでにあるものはどんどん有効に使ったらいいのだ。  

『宣戦布告「NO」と言える日本経済』(光文社)

市場が為替相場を決める、市場にまかせよう、市場はいつも善である、自由マーケットは経済の実態を反映するという、アメリカが盛んに喧伝している論がインチキであるのははっきりしている

市場が為替相場を決める、市場にまかせよう、市場はいつも善である、自由マーケットは経済の実態を反映するという、アメリカが盛んに喧伝している論がインチキであるのははっきりしている。宮沢喜一氏など日本の著名なエコノミストはみなこれに同調していますが。

市場といっても自然現象ではなく人間の造ったものだから、それを動かそうとする大きな意志によって市場ははっきり動く。要するにそういう市場の中のゲームに私たちも参加して生きていて、それはやったりやられたりで動いていくものだが、どうやら一方的にアメリカにしてやられているのが今の日本を含めたアジア経済の実態です。

つまりそれは、世界には今これまでにない、経済史の中でも初めての、とてつもない虚の現実たる世界経済が構築されつつあり、それの造営主にアメリカがなろうとして半ば成功しているからということです。このアメリカの戦略に連動してイギリス経済が再生し、さながら米英が歩調を合わせたかのように、香港返還を機にアジア危機を引き起こしたということも覚えておいたほうがいい。

だからといってここでアジア全体が敗戦ムードで事を諦めてしまってはもう二度とアジアの主体を取り戻すことはできず、アメリカ金融帝国に使役されるまま金融奴隷としてしか生きる道はなくなってしまうでしょう。

『宣戦布告「NO」と言える日本経済』(光文社)

つまり今回のアジア危機の原因を追っていくと、経済学的アプローチでは原因を列挙できても、それだけでは説明しきれない政治的、地政学的な因子があるということです

たとえば、アメリカにいたっては貿易赤字も対外債務も増えつづけているのに、現在の株価は異常に高いと心配する声もないではないが、大方のエコノミストは短期的な急落はあっても長期的には上昇すると予測している。これは世界が今ドル本位制で動いていて、アメリカが巧妙なドル還流装置を造り、アメリカ国内にドルを過剰に流動させる仕組みを敷いているからですが。

また日本では物価も賃金も上がってはいないし、輸出競争力は落ちるどころか円安のせいもあり貿易黒字は増えていて、ASEAN各国とは反対に財政基盤そのものは世界一強いのに、結果はASEANと同様にかつてない金融不況に同時的に陥ってしまった。つまり今回のアジア危機の原因を追っていくと、経済学的アプローチでは原因を列挙できても、それだけでは説明しきれない政治的、地政学的な因子があるということです。

もう一度一九九七年に戻って見直してみると、香港返還の翌日七月二日、この日早朝からシンガポール市場にタイ・バーツが管理変動制になるとの情報が流れ、わずか十分ほどで前日の一米ドル二十四・二バーツが二十八バーツに急落、時を同じくしてフィリピンもペソ防衛に中央銀行が乗り出さなければならなくなり、マレーシアもマレーシア・ドルの攻防戦に介入するなど同時多発ゲリラのように一斉に各国通貨が売りあびせられた。むろん、ジョージ・ソロスらが尖兵となって動き、米銀も後押しをしていたからです。

『宣戦布告「NO」と言える日本経済』(光文社)

マレーシアもアジア諸国も日本がアメリカに継ぐ世界二位の経済大国になったことをアジアの誇りにしている

マハティールはあの折り、冒頭に、

「過去数百年を振り返るとまず欧州がそして次には北米が世界の中心として君臨してきており、その間我々は世界を動かす主体的な要因として存在してきたのではなく、単に振り回された結果の帰着にすぎず、アジアは世界の中心から遠く離れた周辺地域であったが、これからは違いますよ」

医学者らしく怜悧にしかし熱っぽく語っていました。

さらに、「日本の村山首相(当時)などがいまだに過去の戦争責任について謝っているのはおかしい、ならば日本よりもはるかに長くアジアを植民地化し非人間的な収奪と支配をつづけた欧米の宗主国の責任はどうなるのか」と欧米に腰のひけた日本人の変なインテリゲンチアと違って痛烈な発言もしていました。

そして、マレーシアもアジア諸国も日本がアメリカに継ぐ世界二位の経済大国になったことをアジアの誇りにしているし、韓国、香港、シンガポール、台湾も経済的に卓越したレベルに到達した。マレーシアとタイは世界有数の高成長率を記録し、インドネシアも遅れはとっていない、これらは十年前には夢想だにしなかったアジアの姿だと話してもいました。

つまり、そうやって胸を張れるくらいに東アジアは「優れた市場」としても成長を続けていたのです 。

『宣戦布告「NO」と言える日本経済』(光文社)

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